ガイドライン

(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン

書誌情報
V 骨粗鬆症の治療

 
A.治療の目的と開始基準:骨折の危険因子をふまえて
b.薬物治療開始基準

骨粗鬆症治療の目的は骨折危険性を抑制し,生活の質(QOL)の維持と改善をはかることである。この目的を達成するために,薬物治療は有力な手段となる。骨粗鬆症の薬物治療では,適切な診断,骨折危険性の評価,治療の可能性と開始の決定という三つの過程が必要である。

Research Question
骨粗鬆症の危険性の診断はどのようにするか

骨強度は骨密度と骨質により規定され,骨強度の約70%は骨密度に依存する。したがって,骨密度低下は,骨粗鬆症における骨折危険性増加の中心的要因である。さらに,近年,骨密度低下以外に骨折の危険性を高める要因が多数存在することが明らかになってきた。アメリカ骨粗鬆症財団(NOF)7),WHOグループ1),カナダガイドライン194)などで取り上げられている危険因子の項目は,それぞれ,少しずつ異なる。共通して取り上げられている要因としては,女性,エストロゲン欠乏(閉経),年齢(65歳以上),低体重(57.8kg未満),骨折の既往,母親の大腿骨骨折の既往,喫煙習慣,過剰なアルコール摂取,運動性低下である。また,低カルシウム摂取は,WHOグループの報告とカナダガイドラインでは取り上げられている。白人女性については,これらの危険因子があれば,骨密度測定を行うことが勧められている194)
既存の四肢の骨折は病歴から推定できるが,椎体骨折については医療面接や病歴からだけでは判断できない。最大身長から6cm以上の身長低下や円背は椎体骨折の存在を強く示唆するというデータがあり195),身長測定と背部の診察により,必要なら胸椎,腰椎のエックス線撮影を行う。既存骨折を有する例でも,骨折危険性を評価するには骨密度を測定することが勧められる。わが国の診断基準では,既存骨折のない例では骨密度がYAMの70%未満,既存骨折のある例ではYAMの80%未満で鑑別診断を行い,ほかの疾患が否定されれば,骨粗鬆症と診断する。実際,IOF(国際骨粗鬆症財団)では3cm以上の身長低下があれば,骨粗鬆症のチェックを行うことを勧めている。
既存骨折を有する例でも,骨折危険性を評価するには骨密度を測定することが勧められる。


Research Question
骨折危険性はどのように評価するか

骨密度測定と椎体エックス線撮影により骨粗鬆症と診断されれば,骨折の危険性を判断する。骨折の危険性を評価する指標として絶対骨折危険率がある。これは,一定の期間に骨折を発生する確率のことである。絶対骨折危険率として最初に提唱されたのは,生涯危険率(ライフタイムリスク)である。しかし,平均余命は世界的に延長する傾向にあり,年ごとに変化していくので,個人のレベルでは信頼性が低下する。また,骨粗鬆症治療薬の骨折危険性低下効果のデータがあるのは5〜10年である43)。したがって,骨粗鬆症治療薬の適応を考えるうえで,適切な絶対骨折危険率の評価期間はせいぜい5〜10年である。そこで,非椎体骨折についてはNOFでは5年7),WHOグループでは10年の絶対骨折危険率を採用し196),これらの期間における一般人口における各年齢別の絶対骨折危険率を得ている。
わが国では,藤原,福永らにより,広島での一般住民での各年齢における椎体骨折の年間発生率が得られている(表2822)。それによると,既存骨折のない女性では50歳代から80歳代まで年間骨折発生率は0.5%から5.6%まで増加する。これに対して,低骨密度の影響は,腰椎,大腿骨の測定でもほぼ同程度であり,同年代の骨密度分布で1標準偏差(Z値で1)低下するごとに,50歳代から80歳代までの骨折の相対危険度を1.8倍から1.2倍まで増加させる。そこで,わが国の診断基準で,既存骨折のない骨粗鬆症例(YAM70%未満)での5年間の椎体骨折の絶対危険率を求めると,50歳代から80歳代までは約3〜24%以上となり,既存骨折のある骨粗鬆症例(YAM80%未満)では約5〜40%以上となる(表29)。

表28 広島の一般女性における椎体骨折の年間発生率(%)(文献22,藤原,福永らによる)
  既存骨折なし 既存骨折あり
女性 50歳代 0.52 3.62
  60歳代 1.24 5.97
  70歳代 2.45 8.80
  80歳代 5.61 14.1
男性 50歳代 0.25 1.94
  60歳代 0.65 3.15
  70歳代 1.28 4.48
  80歳代 2.59 6.42

表29 閉経後骨粗鬆症における椎体骨折の5年間危険率(%)の推定値(藤原による)
  既存骨折なし
(骨密度YAM<70%)
既存骨折あり
(骨密度YAM<80%)
55〜59歳 3.08 5.05
60〜64歳 4.65 7.65
65〜69歳 7.05 11.0
70〜74歳 10.7 17.5
75〜79歳 16.1 26.5
80〜84歳 24.4 40.1


Research Question
骨折危険性はどのように評価するか

骨粗鬆症治療では,骨粗鬆症により上昇した絶対骨折危険率を,少なくとも,まだ骨折を生じていない一般住民の骨折危険率のレベルまでは下げることが必要である。また,治療の可能性については,現在の薬物治療の標準的治療薬であるビスフォスフォネートやSERMでは,骨折した50歳以上の閉経後女性で骨密度がT値で-2.5未満(わが国の診断基準のYAM70%未満にほぼ相当)の例では,骨折危険率を30〜50%下げる。そこで,わが国の診断基準における「骨折のない例でYAM70%未満」,すなわち表29から明らかなように,5年間の椎体骨折発生危険率が約3%以上で治療を開始すれば,骨粗鬆症で骨折危険率が上昇した症例について,ほぼ一般人口の骨折危険率のレベル程度まで下げることができる。したがって,治療による社会経済的負担の問題は残るが,現在のわが国の骨粗鬆症診断基準である,骨折なし例における骨密度YAM70%未満からの治療の開始は,妥当であると考えてよい。
「既存骨折のある例でYAM80%未満」は,低骨密度とともに既存骨折という臨床的な骨折危険因子を加えたものである。既存骨折のある例のYAM80%での骨折危険率は,骨折がなくて骨密度YAM70%と比べて,どの年代でも約1.6〜1.7倍大きい。これは,「既存骨折」という危険因子のもつ骨折危険性に対する相対危険度が,かなり大きいことによる。したがって,現在の治療薬で骨折危険率が低下したとしても,なお,せいぜい低骨密度のみによる骨粗鬆症例における骨折危険率のレベル程度まで下がるにすぎない。依然として,骨折のない一般住民のレベルまでは低下しない。このような状況は,欧米でも同様である。そこで,たとえば,NOFでは,「閉経後女性で既存骨折があれば,年齢や骨密度にかかわらず治療を開始する」という基準を示している7)。このような状況を考慮すると,現行の診断基準とは別に,骨折リスクの管理という意味で,脆弱性既存骨折を有する例では骨密度が正常範囲内でも薬物治療を開始してよいと考えられる。
WHOでは,低骨密度以外に,既存骨折,喫煙,アルコール多飲,両親の大腿骨頸部骨折の既往,高齢,関節リウマチ,ステロイド剤の使用など七つを臨床的骨折危険因子としてメタアナリシスにより確認した。低骨密度については,骨密度測定が実施できない状況では,低体重によるBMIの低下で代用できることも認めている。また,低骨密度と年齢以外の六つの臨床的骨折危険因子は,それぞれ独立に,骨折危険率を1.6〜2倍程度増加することが示されている。低骨密度については1標準偏差(T値で1)低下するごとに2.6倍増加させるとしている。また,年齢については,他の七つの骨折危険因子による骨折危険性を増加させる要因であるとしている。
さらに,WHOでは地域や国ごとの一般人口における骨折発生率を相対危険度1の状態の骨折危険率とし,その危険率に低骨密度とそのほかの七つの臨床的骨折危険因子の相対危険度の総和を乗じて得られる絶対骨折危険率を,薬物治療の開始基準として利用することを提唱している。たとえば,大腿骨頸部骨折のむこう10年間の危険率が10%以上では治療を開始するというものである。確かに,今後は,わが国でも「絶対骨折危険率」を治療開始の判断に取り入れていく必要があるとは思われる。しかし,現状では低骨密度,既存骨折,年齢に関してのエビデンスはあるが,その他の臨床的な骨折危険因子については,相対危険度と,それらの年齢との関連性などのデータは,まだ十分ではない。また,数値化された絶対骨折危険率の取り扱いについても,何パーセントから治療するかについて合意は得られていない。一方,わが国では骨密度測定装置は普及しており,BMIで骨密度の代用にする必要はない。また,関節リウマチを含めた疾患でのステロイドの使用については,わが国では,別に治療開始指針が設定されている。このような状況のもとで,わが国における原発性骨粗鬆症に関連した脆弱性骨折予防のための薬物治療の開始には,まず,従来の診断基準とともに,低骨密度と既存骨折の二つの骨折危険因子を中心として,喫煙,過度のアルコール摂取,家族歴および女性では閉経,男性では50歳以上という年齢を考慮し,基準を設定するのがよいと考えられる。
骨代謝回転の亢進については,定性的には骨代謝マーカーの上昇は骨折危険性増加と関連するというデータはある。しかし,相対危険率増加の程度については,定量的な一致性が得られていない。また,骨代謝マーカーの分子種による相違もある。したがって,骨粗鬆症の治療と骨折リスクの管理を考えるうえで,骨代謝マーカーを治療開始の基準に取り入れるには,今後のエビデンスの集積を待つ必要がある。


【参照】
V 骨粗鬆症の治療 D.骨粗鬆症の薬物治療 a.病態,病期ごとの薬剤選択の考え方

 

書誌情報