ガイドライン

(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 −H. pylori二次除菌保険適用対応−

書誌情報
第2部 胃潰瘍診療ガイドライン―解説―

 
10.医療経済的評価
2)ステートメントの根拠
(1)医療経済学的研究に関するエビデンスのレベルと勧告のグレードづけ

近年の医療費の高騰は先進諸国共通の問題であり,わが国も例外ではない。このような状況のもとで,医療水準の確保のためには保険制度そのものの問題とともに一定の資源(医療費)のもとでよりよい医療を行う,すなわち医療の効率に配慮することが重要になりつつある。胃潰瘍の診療は,その頻度の高さに鑑みて医療費全体に及ぼす影響は大きく,その費用対効果(経済効率)に関する配慮は不可欠である。
臨床経済学的研究は,倫理的問題や長期間の観察を必要とすること,間接費用や便益などの実測が困難であることなどの理由から,効果や費用の推定のすべてを単一の実験研究の中で行うことは困難であり,通常,治療効果等はランダム化比較試験(RCT)など,できる限りバイアスの少ない情報源やメタアナリシスにより推定し,決断分析モデルなどの手法を用いて複数の臨床的エビデンスを統合して遂行されること(統合研究)が一般的である。したがって文献の批判的吟味にあたっても,実験研究や観察研究とは異なった観点よりなされる必要がある。よって勧告のグレードについては,実験研究や観察研究のみを念頭に置いたエビデンスのレベルによる機械的なグレードづけは不可能であり,臨床経済学的研究の評価のためのガイドラインによる批判的吟味に加え,臨床的有効性の大きさや臨床上の適用性などの要素を勘案して総合的に判断することが妥当と考えられる。現在,公的機関としては,Centre of Evidence-Based MedicineのLevels of Evidence and Grades of Recommendationsに経済学的研究に関するエビデンスのレベルと勧告のグレードづけについての水準表が,臨床試験のためのそれと並列して公表されており(http://www.cebm.net/levels_of_evidence.asp),今回のエビデンスのレベルと勧告のグレードづけは基本的にその水準表に従った。さらに臨床経済学的研究の特徴として,特に費用分析については国固有の社会・医療制度に依存する面が大きく,諸外国における研究の結論をわが国に適用する際には注意を要することが指摘される。したがって,外国における研究しか存在しない場合には,わが国の医療事情を考慮してexpert opinionにより現時点での日本におけるグレードづけを行った。

(2)文献の選択
ガイドライン全体の中での問題点の設定,文献検索の方法論,文献の検索式等の詳細については,当該項目を参照されたい。検索式より英文誌59編,邦文誌43編が検索され,研究内容と直接関係のないもの,エビデンスレベルが低いものを除外し,英文誌21編,和文誌7編が検討の対象として採用された。採用文献より,胃潰瘍治療における医療経済的評価として,1 H. pylori 陽性潰瘍における除菌治療と除菌によらない従来治療の比較,2 H. pylori 感染診断,3 H2RAによる維持療法と間欠療法の比較,4 NSAID継続投与が必要な場合におけるPG製剤予防投与,5 NSAID胃潰瘍の初期治療,6 非選択的NSAIDとCOX-2選択的阻害薬の比較,の各項目について検討が可能であった。

(3)H. pylori 除菌治療
胃潰瘍の多くはH. pylori 陽性であり,その頻度から,胃潰瘍治療全体の中で,H. pylori 陽性潰瘍治療の医療経済的評価は最も重要な分野であり,わが国1),2),3),4),5),6),7)および欧米8)で医療経済的評価がなされている。H. pylori 除菌治療のような,従来とまったく異なった治療法のテクノロジー・アセスメントを行う際には,従来の概念における最も優れた治療法と比較検討する必要がある。H. pylori を除菌することで潰瘍の再発は著明に抑制され,胃潰瘍治療においても,H. pylori 陽性潰瘍において,除菌治療は従来治療(PPIによる初期治療およびH2RAによる維持療法)より効果が高く,医療費は低額となり,費用対効果に優れることが示されている1)。この研究はわが国の臨床的慣習・実態を考慮した消化性潰瘍のための決断分析モデル9)を基に,最も重要な臨床的確率は,胃潰瘍が多いわが国で施行されたRCT10)より推定し,臨床試験の95%信頼区間の範囲で感度分析を施行しており,結論の信頼性は高く,臨床における治療法の選択に有用と考えられる。除菌治療はH2RA単独での初期治療および維持療法または防御因子増強薬併用での初期治療および維持療法に比べて医療費が低額となることも報告されている2),3),4),5)。除菌治療に用いられるレジメンについては,PPIに抗菌薬2剤を併用する3剤併用療法が2剤併用療法より費用対効果に優れることが示されている1),11)。企業内診療所等の産業現場におけるコホート研究においても,H. pylori 除菌治療により医療費削減が可能であることが報告されている6),7)
除菌治療に不可欠であるH. pylori 感染診断についてわが国の保険診療下における費用対効果分析が行われ,以下のストラテジーが推奨されている12)
近い過去に潰瘍が診断されている場合
  単独検査では尿素呼気試験(UBT)を行う。
2 新たに施行した内視鏡で潰瘍が診断され,H. pylori 診断目的以外に生検が不要の場合
  迅速ウレアーゼ法(RUT)を行い,陰性の場合にUBTを行う。
3 新たに施行した内視鏡で潰瘍が診断され,H. pylori 診断目的以外に生検が必要な場合
  鏡検法を行い,陰性の場合にUBTを行う。鏡検法の性能が十分でない施設では,代わりにRUT,培養法や抗体法を用いる。
4 除菌後診断(除菌判定)について
  UBTを行う。
単独検査ではUBTが最も正診率が高く,費用対効果に優れていた。UBTは内視鏡検査が必要な生検法に比べて費用は低額(生検法の16〜21%)であり,除菌前後の診断に積極的に用いることで精度が高く効率のよい診断が可能であることが示されている。

(4)維持療法
H. pylori 除菌が一般的になる以前の治療法として,H2RAであるシメチジンによる維持療法の費用対効果について検討がなされ,維持療法は潰瘍治癒後2年間までは間欠療法と比べて効果が高く,直接医療費はほぼ同額で,間接医療費はより低額となり,費用対効果に優れることが示されている(オーストラリアにおける研究)13)。研究の観察期間は3年間であり,以降の検討はなされておらず,長期的な費用対効果は明らかでない。さらに現在はステートメント1に述べたように,より費用対効果に優れた治療法(除菌治療)が存在するため,その今日的意義は限定されたものと考えられる。わが国での適用に関しては,日本における臨床試験の成績,医療費を考慮するとわが国においても当該研究と同様の結果が得られる可能性が高いと考えられ,現時点においては,除菌治療の適応がない場合および除菌不成功例において急性期治療の後,一定期間,H2RAによる維持療法を行うことが勧められる。

(5)NSAID潰瘍の予防
NSAID継続投与が必要な場合のPG製剤であるミソプロストール予防投与の費用対効果については,わが国での検討を含め多くの報告が存在する14),15),16),17),18),19)が,研究により結論が一定していない。以上の報告はミソプロストールの予防効果に関して,内視鏡で確認された胃潰瘍発生率をエンドポイントとした臨床試験の結果を基に,重症ないし致死的な胃病変に対するミソプロストールの予防効果を推計しているが,その推計値の違いが,結論が一定しない大きな原因と考えられる20)。唯一,NSAID継続が必要な関節リウマチ患者を対象としたミソプロストール予防投与について,重症ないし致死的な消化管病変(ただし胃潰瘍のみに限定されない)の発生率をエンドポイントとした臨床試験の結果を基に,費用対効果分析が成されており,ミソプロストール予防投与は消化管合併症の高リスク患者(消化管合併症の既往をもつ,または高齢患者)においては費用節減的であることが示されている(オーストラリアにおける研究)21)。また一般住民を対象としたコホート研究においても,消化管合併症の高リスク患者に対するミソプロストール・ジクロフェナク合剤投与は費用節減的であることが報告されている(英国スコットランドにおける研究)22)。わが国においては十分な臨床試験の成績が存在せず現時点で行うよう勧められるだけの根拠はない。また実際上の治療の選択についてはミソプロストールの副作用についての考慮も必要と考えられる。

(6)NSAID胃潰瘍の初期治療
NSAID胃潰瘍の初期治療については,PPIであるオメプラゾールとPG製剤であるミソプロストールを比較したRCT,およびオメプラゾールとH2RAである塩酸ラニチジンを比較したRCTの結果を基に費用対効果分析が行われ,オメプラゾールはミソプロストール,塩酸ラニチジンより費用対効果が高いことが示されている(スウェーデンにおける研究)23)が,わが国においては十分な臨床試験の成績が存在せず現時点で行うよう勧められるだけの根拠はない。

(7)非選択的NSAIDとCOX-2選択的阻害薬の比較
欧米において,COX-2選択的阻害薬について,非選択的NSAIDと比較したRCTの結果を基に費用対効果分析が行われ,NSAID継続投与が必要な患者におけるCOX-2選択的阻害薬の投与は消化管合併症の高リスク患者(消化管合併症の既往をもつ,または高齢患者)においては費用対効果が高いことが示されている24),25),26),27)。一方,COX-2選択的阻害薬は非選択的NSAIDと比較して心血管系の有害事象が多いとする報告があること,心血管系疾患の予防目的で低用量アスピリンが同時投与されるとCOX-2選択的阻害薬の消化管合併症における優位性が小さくなることなどの問題点や,実際には,COX-2選択的阻害薬は高リスク例に多く処方される傾向があるとともに,潰瘍治療薬が同時に投与される場合が有意に多いことがコホート研究でも示されており,現実の臨床におけるCOX-2選択的阻害薬の費用削減効果には疑問が投げかけられている28)。わが国においては十分な臨床試験の成績が存在せず,現時点で行うよう勧められるだけの根拠はない。

 

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