ガイドライン

(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 −H. pylori二次除菌保険適用対応−

書誌情報
第1部 胃潰瘍の基礎知識

 
2.病態生理
4)NSAIDと病態
(1)消化性潰瘍の病因としてのNSAID

潰瘍の病因として,1 H. pylori 感染,2 NSAIDの内服,3 胃酸の過分泌(Zollinger-Ellison症候群など),4 その他(クローン病など)があげられる。消化性潰瘍の病因に関するメタアナリシスによると,NSAID(-)/H. pylori (-)患者の潰瘍発生危険率を1とした場合,オッズ比はH. pylori (+)では18.1,NSAID(+)では19.4,NSAID(+)/H. pylori (+)では61.1に増大し,この両者が主要な病因であることは明らかである11)。また,関節リウマチ患者を対象としたわが国の検討では,NSAIDの長期投与による潰瘍の発見率は胃潰瘍15.5%,十二指腸潰瘍1.9%であり,日本消化器がん検診学会統計の発見率(胃潰瘍1.42%,十二指腸潰瘍0.59%前後)と比較しても明らかに高い。最近わが国から,NSAIDとH. pylori 感染の上部消化管出血に関するケースコントロール研究の結果が報告された12)。この研究では,全国14施設の病院に消化性潰瘍あるいは出血性胃炎による吐血あるいは黒色便で入院した患者をケースとして,居住地,性,年齢を一致させた住民コントロールを1:2の割合でマッチングさせた結果,アスピリン以外のNSAID内服によるリスクは6.1,アスピリンによるリスクは5.5とされている。出血の原因として出血性胃炎も含まれているが,アスピリン,NSAIDの潰瘍および出血に及ぼす影響が示されている重要な知見である。
NSAIDの慢性投与に伴う潰瘍は,幽門部から前庭部に多発する比較的小さな潰瘍,前庭部の深掘れ潰瘍,不整形の巨大潰瘍などが特徴とされる(図9)。またNSAID内服に伴う消化性潰瘍発症の確実な危険因子として,高齢,潰瘍の既往,糖質ステロイドの併用,高用量あるいは複数のNSAIDの内服,全身疾患の合併などがあげられる(表413)

図9 NSAID胃潰瘍
図9NSAID胃潰瘍
69歳の男性。関節痛でdiclofenacを内服中に食思不振を訴えたため,内視鏡検査を施行した。前庭部小弯,胃角部後壁に多発性の潰瘍を認め,前庭部の潰瘍は深掘れ傾向が強かった。

表4 NSAID内服に伴う消化性潰瘍発症の危険因子
確実な危険因子 高齢(年齢とともに増加)
潰瘍の既往
糖質ステロイドの併用
高用量あるいは複数のNSAID内服
抗凝固療法の併用
全身疾患の合併
可能性のある危険因子 H. pylori 感染
喫煙
アルコール摂取
Wolfe MM, Lichtenstein DR, Singh G: Gastrointestinal toxicity of nonsteroidal antiinflammatory drugs. N Engl J Med, 340:1888-99,1999

(2)NSAID 胃病変の病態(図10)
NSAIDの鎮痛,抗炎症作用は,COX阻害を介したPGの産生抑制によるが,NSAIDは胃粘膜における内因性PGの減少などにより粘膜抵抗性を減弱させる13)

1)直接的な傷害作用
アスピリンやNSAIDの多くは酸性NSAIDと呼ばれ,酸環境下で粘膜に対する局所作用を発揮する。酸性NSAIDは胃内の低いpHでは非イオン化され細胞透過性を獲得し,上皮細胞内に蓄積し呼吸代謝を障害する。また,NSAIDは粘液の疎水性を減少させ,胃酸/ペプシンに対する抵抗性を減弱させる。
2)PGの作用
PGはphospholipase A2により膜リン脂質から遊離されるアラキドン酸から産生される。PGおよびleukotrieneへの代謝は,それぞれCOX,5-lipoxygenase経路による。COX isoformとしてCOX-1,COX-2があり,COX-1は胃粘膜,腎,血小板などでhouse keeping酵素として働く一方,COX-2発現はマクロファージなどでサイトカインなどにより誘導され,炎症や細胞増殖にかかわる。
胃に酸分泌抑制量以下の微量のPGを投与すると,壊死惹起物質(強酸やエタノール)による胃粘膜傷害から胃が保護される現象が観察される(細胞保護作用;cytoprotection)。PGは,管腔,上皮,上皮下のレベルで多彩な作用,細胞を直接保護する作用および細胞遊走促進作用を発揮する。
正常胃粘膜ではCOX-1が恒常的に発現しているが,COX-2はH. pylori 感染胃粘膜で粘膜固有層の筋線維芽細胞,単球に発現する。胃では,mild irritants(弱酸,低濃度エタノールなど)をあらかじめ投与しておくとirritants(強酸,高濃度エタノールなど)による粘膜傷害が抑制される(適応性細胞保護作用;adaptive cytoprotection)が,この保護作用はCOX-2阻害薬あるいは非選択的NSAIDにより消失することより,COX-2由来のPGが胃粘膜防御反応に重要な役割を担う。またラットなどの実験びらんあるいは潰瘍において,COX-2 mRNAとCOX-2蛋白は潰瘍の辺縁に発現する一方,COX-2阻害薬あるいは非選択的NSAIDは潰瘍治癒を遷延させることより,COX-2由来のPGは潰瘍治癒にも重要である。これらの成績はCOX-1のみならずCOX-2由来のPGも傷害に対する粘膜防御,組織修復に働くことを示唆する。
NSAID投与による胃粘膜局所PGの産生抑制は,COX-1およびCOX-2による粘膜防御,組織修復に逆説的な作用を示すと考えられる。実際,NSAIDの抗炎症作用はCOX-2阻害により発揮されるが,胃十二指腸粘膜傷害の発生はCOX-1およびCOX-2両者の抑制が必要であることが動物実験モデルで示されている。これを裏付けるように,COX-1ノックアウトマウス,COX-1選択的阻害薬単独投与では潰瘍は発生しない。
3)好中球による傷害
胃PGの抑制がNSAID粘膜病変の基本的な病態であるが,他の機序が関与する可能性も示唆される14)。NSAID負荷により胃血管内皮における接着分子(ICAM-1)の発現および好中球の血管内皮への接着の増強がみられ,好中球の内皮への接着および活性化は活性酸素やプロテアーゼの放出を介して粘膜傷害を引き起こす。COX-2阻害薬とともに,一酸化窒素(NO)遊離型NSAIDは粘膜傷害性の少ない抗炎症薬として開発が進められているが,傷害性の少ない機序としてPGの減少に伴う,微小循環,粘液分泌,アルカリ分泌の抑制,細胞遊走の障害に対して,NOが代償性に働くこと,NSAID投与に伴うICAM-1発現を阻害し,好中球の血管内皮への接着を抑制する機序が想定される。

図10 NSAIDによる上部消化管粘膜傷害機序の仮説
NSAIDは酸に依存した直接作用,COX-1およびCOX-2阻害に伴う胃粘膜防御機構,組織修復機序の破綻により胃粘膜抵抗性を減弱させるが,接着因子の発現から好中球への内皮への接着,好中球の活性化による活性酸素,proteaseの放出による機序も想定される。
平石秀幸,寺野彰:胃粘膜病変とフリーラジカル.日消誌,92:1817-24,1995より改変引用

【参照】
第1部 胃潰瘍の基礎知識 2.病態生理 1)粘膜防御・血流

 

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